ごあいさつ

動物たちは、家族同然の大切な存在です。
その命を思う人にとっては、人と等しく大切な尊い命です。命に優劣はありません。
長年の動物愛護活動を通じて感じたことは、『小さな尊い命が軽んじられる社会に、人の本当の幸せはない』ということでした。

動物愛護途上国の日本では、犬や猫をはじめとした動物たちを取り巻く問題が山積みです。
悲しいことに、毎年莫大な数のなんの罪もない犬や猫の命が、人間の身勝手な都合で殺処分されています。私は、どうしても動物たちのこの悲劇から目をそらすことができず、今日まで動物愛護活動に取り組んでまいりました。

そして気づけば、動物たちの命を守り、その福祉の向上に貢献することが、私の人生の目的となっていました。人と動物が幸せに共生できる健全な社会の実現を目指し皆で力を合わせ、共に頑張りましょう。

動物愛護の発展のために大切なこと

私は犬や猫と家族のように暮らし、その命は人と変わらない、尊い大切なものであると感じています。 

犬や猫だけでなく、人の暮らしや健康を支えてくれる食である家畜や医療における実験動物たちの命もまた、尊く大切なものだと思います。 
しかし、私はベジタリアンやビーガンではありません。 また、動物実験という犠牲の上に成り立ち発展を遂げてきた医療も受けます。 体調不良のときには市販の薬も使います。 私たち人間の暮らしは、動物や植物や海洋生物や、環境汚染の様々な犠牲の上に成り立っているのだと思います。 
そのことを改めて考えたとき、人の犠牲になった命に対する深い感謝の念を感じずにいられません。

・食材を無駄にしない 
・なるべく環境に優しく、等々 

自分にできるさまざまな配慮が必要だと思っています。 食の副産物であります牛革は、以前から大切に使用しています。 また、食となった動物の副産物は大切に使うべきだと思っています。 そして、私はある時期から、ファッションのためだけに犠牲となっているリアルファーを着用しなくなりました。 着飾ることが目的のファッションのためだけに、犠牲となる命があることに疑問を感じるようになったからです。 極寒の地で生きる人たちの毛皮とは、意味が異なると感じるからです。 さらに、その生産工程は受け入れ難いものであるからです。 

人や動物、どの命も大切な命であることを知っているからこそ、人のための食や医療の犠牲になる家畜や実験動物にも 福祉の向上は必要と考えます。 

ですがEvaは、現時点では、環境省管轄の愛玩動物に重点をおいて、活動するものとしています。 しかし、ベジタリアンやビーガンでなくとも、家畜や実験動物の福祉は大切と考えていますので、環境や生産工程に問題のあるブロイラーを食することに抵抗があり、今ではほとんど口にしません。 

けれど、芸能界という場所で生きる私にとっては、たまたま番組で出して頂いたときに食するチキンが ブロイラーであるかどうか、本当のことを知る術はありません。 ですから「ほとんど口にしません」と断っておきます。 
また、たまたま入ったお店の料理に、ブロイラーやその卵が使われていたか、本当のことを知る術はありません。 
動物を愛する人々、動物愛護活動家、動物愛護団体…それぞれに様々な考え方や主張や生き方があると思います。 たとえ考え方や主張が違えど、互いのやり方を認め、協力して動物たちのおかれている現状を力を合わせて改善できるよう、訴えていくことが大切だと思っています。 

多くの人々が自然に動物愛護を考え、その理想とする人や社会のあり方を 特別なことではなく自然に受け入れてもらえるよう 突出したマイノリティにならずに発信していくことが、私の役割であると考えています。芸能界に属しながら活動するというのは、正直、自らの思想やポリシーを貫くにあたり大変なときがあります。思想と現実に矛盾が生じぬように仕事していくことは、会社の経営上大きな不利益になることがあるからです。 
しかし、できるかぎり、自分のポリシーに反する内容であるときは、制作サイドに交渉し 
その部分の収録だけ外させてもらうなど、バランスを考えながら、ご理解をいただけるよう努めています。もちろん、時には依頼のあった仕事そのものをお断りすることもあります。 
テレビの制作サイドにとっては、面倒な人、となってしまうリスクもあるでしょう。 

私の生活や会社を支えている芸能活動において、リスクや不利益が伴う動物愛護活動は 
日本の芸能界では不利益でしかないことは事実です。 それをわかって、それでもそんな綱渡りのような状況で仕事をし、活動しているのは 家族であるはずの犬や猫たちが、人の身勝手とエゴと利益のために 生きるチャンスを奪われているという現実から、目を背けることができないからです。

動物たちの声なき声を、どうしても伝えていきたい…、この現状をどうしても変えたい… 。
そんなシンプルな思いが私を支えています。 
しかし、動物愛護の啓発にとっては、芸能界も悪いことばかりではありません。芸能という注目をしていただける職業だからこそ、広くメッセージが届くこともあります。リスクや苦しみを伴いながらも今のところ芸能をやり続けるもうひとつの意味は、動物愛護の啓発を考えたとき、大変有効であることを、長年の活動の中で感じているからです。そんな、芸能と動物愛護という難しいバランスのうえで活動していると、時々同じ動物愛護家や活動家から 
思わぬ攻撃を受けることがあります。攻撃を受けるのは、私に限ったことではなく、動物愛護に携わったことのある多くの人が経験しています。 
様々な主義主張や、やり方や生き方の違いから「私が正しい」「私が成敗してやる」というような傲りや思い込みが攻撃をする側の根底にあるのだと感じます。 

その結果、「動物愛護家イコール過激な人」「極端な思想の持ち主」というイメージがあることが多く 敬遠する人も少なくありません。 
それでは動物愛護が理解されず、特殊な思想であると思われてしまうおそれがあり動物愛護の発展そのものを妨げることになり兼ねません。 
活動家や団体への、重箱の隅をつつくような粗捜し、挙げ足をとるような非難、自分の考えが正義で、そこから外れたらまるで悪だと言わんばかりの誹謗中傷。こういう数々の、動物愛護活動家における問題行為を目にし、耳にしてきましたが一つだけ間違いなく断言できることは、そんな醜い愚かな争いや誹謗中傷からは、何も生まれないし、動物も何者も救われない、ということです。 

世界最大といわれる動物愛護団体「PETA」のノーファー運動のポスターに、以前ご協力したことがあります。 そのとき、思想の違いを越えて、共に活動することの大切さを感じました。私はベジタリアンでないことを申し上げ、そういう異なる思想の私が御団体のポスターに出演することは大丈夫なのか、お訊ねしたのです。 
そして、そういう違いを越えて、ノーファーという同じ目的のために主義の違う団体と個人が、力を合わせることができたのです。 私にとっても、とても有意義な交流で、「PETA」の考えに刺激を受け、学ぶことがありました。 

それ以来、ベジタリアンやビーガンの食事にも、興味をもちはじめたことは確かです。 
自分とは違う考え方や生き方を知り、違いを認め理解する…。その考えが人と人を繋ぎ、団体と団体を繋ぐのだと思います。 そして、それが社会を変える大きな力へと発展していくのです。 
日本の社会が民主主義であることを今一度よく考え、数の力が大きなムーブメントとなり 
社会を変えていくのだということを、忘れてはいけないと思います。 
 
理事長・杉本 彩

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