不猫之猫

column ふにゃんのニャン vol.2
コラム「不猫の猫」

当協会、杉本彩と旧知の仲である天才心臓外科医 南淵明宏先生の
猫コラム「不猫之猫(フニャンのニャン)」

猫がいないと眠れない「NO ネコ, NO LIFE. 」である「猫人(ねこうど)」先生が綴る猫との暮らしや猫の魅力、猫から学ぶ生き方論など。ほっこり癒される先生のニャンコ日記をどうぞご一読ください。

ネコ認知のススメ

 『外科医が教える心の置き方―メタ認知のススメ』を上梓しました。目の前の現実をちょっと離れたところから冷静に観察して考えてみましょう、とかいう内容です。本が売れない時代ですからこのエッセイを読んでいる人で「読んでやってもいいかなぁ…」と思った人はぜひAmazonでポチって買ってください!お願いします。

 メタ認知もいいですが、やはり生きていくために必要なのは「ネコ認知」です。ネコの目線でこの現実を理解する、という悟りの境地のような、それはそれは崇高で普遍的、宇宙的境地です。つまり「ネコ三昧」です。「三昧」とは仏教用語で、自分の意識が自分の体の中だけにあるのではなく、宇宙全体と自分の心が一体となる、という心境を言うそうです。ネコが寝ている顔を見ていると、宇宙と一体化しているとしか言いようがありません!ネコは寝ると、常に三昧の境地に達するのです。実に幸せそうでうれしそうな、宝くじで14億円当たったような顔をしています。眉間にしわを寄せて心配そうに寝ているネコなど見たことがありません。不眠症のネコも観たことがありません。宇宙全体と一体化しているからです。先日も夜中の二時に地震があってびっくりして目が覚めました。震度三ぐらいだったでしょうか。ところがニャンジロウは眠ったままで、耳がピクリと動いただけでした。

宇宙と一体化しているネコにとっては関東地方を震源とするマグニチュード4.3程度の地震など取るに足らないものなのです。(結論的に、ネコは地震の予知にはゼンゼン役に立たないのです。しかしそこが気高く高貴なところです)

  ところでこの「ザンマイ」という言葉は地方によっては別の意味で使われています。不思議な言葉です。

 日野正平さんのNHK・BSの『日本縦断こころ旅』というテレビ番組で、視聴者の思い出の場所を自転車でたどる番組がありました。良い番組でした。昭和40年代に日本でも放送されたアメリカのテレビドラマ『名犬ロンドン』の主題歌を歌いながら日野正平さんが自転車での山を往くドキュメンタリーです。福井県の農村では亡くなった人の埋葬は土葬で、集落が定めた「ザンマイ」という場所に安置する、という風習が戦後しばらく続いていた、と紹介されていました。

仏教は火葬を旨とします。飛鳥時代に唐にわたり、玄奘三蔵に師事して帰国した道昭というお坊さんが西暦700年に奈良県明日香村の栗原で日本で初めて火葬された、と『続日本紀』にあります。(ご存じの方も多いと思いますが、『続日本紀』は「ほんまかいな?!」満載の書物です!伝説のたぐい満載で実に面白い書物です!)その後、天子様も火葬されるとのことになったようで、日本ではなんだか火葬が主体のようです。土葬の習慣を持つ外国人に対して批判的な意見が地方議会で出ている、と最近報道されていました。土葬は今でも合法です。それに江戸時代の天領の宿場町を舞台に繰り広げられる黒澤明監督の痛快時代劇『用心棒』では「ホトケ」が土葬されるシーンが出てきます。あれは何だったんでしょう?土葬も日本の文化の中では十分に尊厳があったと言えます。日野正平さんが紹介した福井県の集落では、地域の人々が仏教と折り合いをつけるため、仏教の気高い境地、「ざんまい」を持ち出して古くから伝わる土葬の風習を護っていたのでしょう。

  話はネコ三昧に戻ります。
これから寒い季節がやってきます。朝起きるのがつらくなってきます。布団をかぶって、ネコのように意識が宇宙と一体化する、ネコ三昧を一分一秒でも続けたい!誰もがそう思うのですが…。

(2026/09/08 次回に続く)

平和のネコ

猫

 ネコの寝顔には悩みがありません。
というより、「ネコに生まれてよかったぁ」という顔です。眺めているこちらの悩みや不安も消えてしまいます。

ネコと一緒に暮らして来た人類はこの一万年ほど、いやあるいはそれ以上、その恩恵を受けてきたとおもいます。災害、戦乱、飢饉、疫病で不安のどん底に落とし込まれたとき、ヒトはネコの寝顔を観て安寧のひと時を得たことでしょう。

火山の噴火、地震、天候不順は「自然無為」。どうしようもありません。しかし戦争は人が起こすもの。二度と戦争など起こさないように「人の力で」しくみを作れるはず、と誰もが考えることでしょう。にもかかわらず戦争は今まで何度も起こっています。
私など、「権力者がネコの寝顔を眺めて、考えを改めることができなかったのかなぁ」と思います。地球最強の軍事国家のあの大統領閣下も、核ミサイル発射のボタンを押すのではなく、かわりに寝ているネコの乾いたハナを「プチッ」と押してもらいたいものです。

紀元前1274年にシリアのアレッポの近郊でヒッタイト(今のトルコにあった大国)とエジプトが激突しました。「カデシュの戦い」です。その時、両者反省したのでしょうか、「二度と戦争を起こさないように!」という取り決めをしました。この人類最古の平和条約の粘土板のレプリカはニューヨークの国連本部ビルに飾られているそうです。その後も世界中で戦争が起こっていることろからすると、この粘土板の前を通りかかった人は、
「なんだ昔から平和条約なんて意味がないのか。というより、『平和』って『戦争』の一つの形なんだ!」
と理解することでしょう。
次はどこで戦争が起こるのでしょう?

目の前のネコ君によると、
「戦争なんて起こるわけはないって!そんなこと心配するなんて時間の無駄!」とのことです。
「不測の事態に備えて」などと言いますが、備えることができるんだったら「不測」じゃないわけで、矛盾した実にバカバカしい言葉です。
「不測の事態って、どんな事態だよ?」
と聞かれて、「いや、だから、その、ミサイルが飛んできて、Jアラートが鳴って、机の下とかに隠れて…」
「それでどうするんだよ?次に何するんだよ?ネットに動画を投稿するのかよ」
「まあ、それしかやることないわなぁ」
「不測の事態」とは何が起こるのか全く予測がつかない、想像もつかないとんでもないことが突然起こる、という事態です。あらかじめ準備などできません。起こったら起こった時のことです。

地震も戦争も「起こったらどうしよう!?」と心配するのは愚かなこと。
生きている今この瞬間に感謝!感謝! 先のことなど何も心配しない!
ネコ君を見習うことで人生を確実に平和に過ごせることでしょう。
その点、政治家や役人を見習うべきです。彼らはこの社会の未来のことなど、何も考えていませんから。

(2026/05/20 次回に続く)

「ネコは死なない」「猫肥家潤」

 15年ほど前、私の友人が本を書いたというので原稿を見せてもらいました。
「今のところ出版してくれるとこないんだよねぇ」
と相談されました。「人は死なないんだよ」というのが本の主旨です。
内容はたいへんユニークで、亡くなった人と話ができる自分の体験を語ったもの。
それも「いつからそんな能力が?」と尋ねると「3歳の時から」
「もうちょっとみんなが納得するように7歳ぐらいとかにしておいたら」
とアドバイスしたのですが聞き入れられませんでした。
彼は東大医学部の教授をしていたこともあり、出版されて10年以上、売れ続けています。

皆さんには釈迦に説法ですが、ネコも死にません。
二番煎じで私も「ネコは死なない」という題名で本を書いたら売れるかもしれません。
むかし私は寒い夜、いつも首筋がスースーしていました。しかしある晩、うとうとしていると、数年前にお隠れになった「ニャン吉」が、私のクビの周りにちょうどラグビーのセービングのように巻き付いてくれて、それ以来どんな寒い夜でもスースー感じなくなりました。こんな経験はネコ好きの人には日常茶飯事だと思います。
そういった「ネコって、死なないんだよねぇ」という当たり前の感覚を共有してもらおう、と思うのですが、まず本になるかどうか。出版社に本にしていただけるかどうか。出版社も売れる見込みがない本は出しません。とはいうものの、何が当たるか予想は難しい、というか予想は不可能です。

先日自由国民社の方に『にゃんたま』という写真集を頂きました。これが大当たりで、アメリカでも火がついているそうです。なかなかニッチな視点の写真集ですが、とにかく売れているとか。
「本は題名で売れる」とも言われています。
『ネコは死なない』はなかなかいい題名だと思いますが、もう一つ思いつきました。『猫肥家潤』はどうでしょう。
先日毎日新聞で見つけた言葉です。見た通り、『明眸皓歯』『臥薪嘗胆』『興亜滅欧』と同じく中国語の四文字熟語。前の台湾の中華民国総統・蔡英文さんがネコ好きであったとの記事で見ました。同居しているネコが豊潤であることでその家も繁栄するという意味だそうです。これは茶室の「和敬清寂」の横書きの額みたいに、書家に頼んで書いてもらってみんさんの「にゃ室」に掲げておくのに適していると思います。

 書名は両方くっつけて、「ネコは死なない~猫肥家潤」にしようかな。

(2025/11/25 次回に続く)

ニャン方後円墳説

前方後円墳

 古代史は面白いです。わかっていないことがいっぱい。中でも巨大な前方後円墳。鍵穴のような形はどうしてああなったのでしょう?大きさや向きがまちまち。なぜでしょう?濠で囲まれていたりいなかったり。それに誰が埋葬されているのか。面積は巨大ですが、高さがありません!なぜでしょう。
しかし前方後円墳の横から見たお姿は、 なんとも癒されます。 落ち着いた、優雅な造形です。神々しさの象徴とも言えます。
私は昔から「あれはネコだ」と考えてきました。後円部のやわらかな盛り上がりはネコのお尻そのもの。つまりあれはネコがうずくまっているところを形どったもの、という理解です。エジプトには、紀元前に造営されたスフィンクスがありますが、あれはどう見てもネコです。ネコは弥生時代、稲作とともに来朝したとされています。きっとまねしたのでしょう。前方後円墳は早くても三世紀ですから。そこで私は「前方後円墳は『ニャン方後円墳』だ」説を提唱したいと思います。言ったもん勝ちの論法ですが…。

 私は小さいころ奈良県橿原市八木町の札ノ辻に住んでいました。周辺には、35の大王様の宮殿跡、15柱の陵墓、その他無数の古墳。耳成山、 畝傍山、 香具山の大和三山に囲まれ東に三輪山、西に二上山と、古代日本の中心地です。育ちは貧乏ですが育った環境は歴史リッチでした。

 「ウチのイナカにゃあ、 なーもねぇだ!」とか思っている人もいるかもしれませんが、そもそも「なーもねぇ」ところなんてこの日本列島にあるのでしょうか。古くからいろいろな人々が住みついて、人生を過ごしてきたこの大地はそれらをすべて刻み込んでいるはずです。
古代史と言えば邪馬台国、そしてその女王卑弥呼!「きっと杉本彩さんみたいな強靭な女性だったんじゃないか…」など、皆さん、想像力たくましくロマンを満喫していると思います。邪馬台国の所在をめぐっては、江戸時代から様々論争が続けられています。
候補地は40個所はあるでしょうか。なかでも九州には候補地が多数あります。「ここは邪馬台国の候補地ではありません!」と宣伝したらかえって観光スポットになるのではないかと思えるぐらいの「邪馬台国候補地銀座」状態です。さらに卑弥呼は『古事記』に出てくる天照大神(アマテラスオオミカミ)だったという説や、第十四代仲哀(ちゅうあい)天皇の妃、神功皇后(ジングウコウゴウ)ではないかなど、 諸説繚乱しています。桜井市の「箸墓古墳」が卑弥呼の墓との主張が正しいなら、「箸墓古墳」は 『日本書紀』 によれば「倭途途日百襲姫」(ヤマトトトヒモモソヒメ) の墓だとされているので、卑弥呼=トトちゃんとなります。専門家の皆さんの永年の研究成果でしょうが、失礼ながら一見これも「言ったもん勝ち」のように素人の私などには思えます。
ちなみに私は、邪馬台国は会津若松にあったのではと思っています。卑弥呼も邪馬台国も全国民共有の歴史資産と言えます。確定されてはなりません!
えっ?勾玉(まがたま)もネコでしょって?そ、そう言えばそうですね。そう、あれはネコです。ネコが丸くなって寝ているところに決まっています。どっちが頭かって?うーん、今から考えます。

(2025/07/14 次回に続く)

南淵明宏
心臓外科医 南渕明宏

1958年、大阪府生れ。
奈良県立医科大学卒。国立循環器病センターレジデント、セント・ビンセント病院(シドニー)フェロー、国立シンガポール大学など海外の病院に勤務。

92年に帰国後、新東京病院、医療法人公仁会大和成和病院、大崎病院東京ハートセンターなどを経て、現在は昭和大学横浜市北部病院循環器センター教授として、年間200例以上の心臓外科手術を行なっている。心拍動下(オフポンプ)冠状動脈バイパス手術のスペシャリスト。
著書に『ブラック・ジャックはどこにいる?』『心臓は語る』『患者力』『釣られない魚が大物になる』『心臓外科医の挑戦状』『医者の涙、患者の涙』などがある。

心臓外科医 南淵明宏公式サイト:http://www.nabuchi.com/

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